2021年02月05日

私的名馬列伝 第三十六話 タイキシャトル(後編)

 ではでは、昨日の続きになります。
 古馬になったタイキシャトルが、果たしてどんな成長や強さを見せてくれたのか、しっかりと考えていきましょう。


★京王杯SC~ジャックルマロワ賞 <歴史的名馬への階梯>

・京王杯SC
 前年秋にそれなりにレースに使った影響なのか、古馬初戦は京王杯SCまでずれ込みました。
 当時の報道だと、高松宮記念参戦なども話題になっていたと思うのですが、どうして回避だったかはちょっと覚えていないし、流石に調べてないですのでご容赦くださいませ。

 ともあれ、ここは初めての59kgだけが課題、と言われたレースでしたが、馬格のある馬ですし、全く問題なく満点回答を見せます。
 ハイペースで飛ばす武J騎乗の外国馬・アマジックマンを、最内枠から楽な手応えでポケットから追走、直線も馬場の三分所に持ち出すと、坂でしっかりと伸びて、内から唯一追撃してきたオースミタイクーンを問題なく退ける快勝でしたね。

 ラップは33,8-11,3-35,0=1,20,1で、これは当時のこのコースの1400mのレコードタイムでした。
 ハイペースではあるのですが、ラップは結構トリッキーになっていて、4コーナーで一気に淀んでから再加速、という形になっています。

 後半が12,0-11,1-11,9なので、相当に加速度が高い競馬になっていて、しかしこのレースでは、しっかりその加速地点でスッと抜けてきました。
 やっぱり印象的に、左回りだと伸び始めが早くて、ただその分ラストは少し甘くなる傾向があって、逆に右回りだと要所で反応しきれないけど最後までジリジリ来る、そんな感じではありますね。

 どちらにせよこのレースは、今まであまり見せた事のないギアチェンジ面でも中々、というのを見せています。
 それが馬の成長なのか、元々の適性なのかは、次のレースが不良馬場、そしてその後左回りを走っていないので見極めきれない点ですけど、おそらく得手不得手で言えば、左回りの方がいい馬だったと感じています。

・安田記念
 前哨戦を楽勝して、憂いは一切なし、と思いきや、安田記念では今までに経験した事のないズブズブの不良馬場、という試練が待ち受けていました。
 このレースでも外国馬含めて積極的に前に行く馬が多い中、2番枠からのスタートだったタイキシャトルは、安全策で道中から馬場のいいところ、やや外目を選んで走っていたように見えます。

 その分いつもよりポジションは一列後ろ、というイメージでしたし、直線も馬場の真ん中まで持ち出して、さてこの馬場で差せるのか?という様相になります。
 しかしそこは、真の名馬はコースを選ばない、とばかりに、結局はタイキシャトルの独壇場でした。

 馬場の中央から坂上でグイっと伸びると、前々から粘り込む香港のオリエンタルエクスプレスを楽に交わし去り、ゴールまで差を広げ続けての圧勝を飾ったのです。
 ここを勝てば海外に、という話はレース前から出ていて、壮行レースの色合いもあった中で、しっかり馬が試練を乗り越えた、というイメージですね。

 レースラップは47,7-49,8=1,37,5なので、馬場なりにハイペースバランスになっています。
 ただこのレースも4角で一度緩んでいて、後半は13,0-12,0-12,3と結構な加速度のレースになっています。

 ここでもやはり12,0地点で、外に持ち出すロスがあっても見劣らずにスッと取りついていますし、そこからラストの踏ん張りはこの馬らしいものでした。
 あくまで仮説ですが、京王杯の時は11,1と速いラップを問われていて、そこからの持続力面ではそこまでではないけれど、こんな風にタフ馬場で持久力戦ならより強い、とは言えます。

 それ以外のレースを見ても、ほとんど後半速いラップを問われていないので、実はその意味ではまだ適性面で未知の部分が多い馬、という見立ても出来るのですよね。
 このレースの後、藤沢調教師が岡部Jに、宝塚でどうかと尋ねて、サイレンスズカを追いかけちゃうからダメ、という返事があった、なんて逸話もあります。

 やはり岡部Jの中では、前半から溜めて、後半に弾けさせる競馬で良さが出る馬ではない、というイメージはあったのかもしれません。
 それでもこれだけの馬が、結果的にマイル以上の距離に一度も挑戦せずに引退してしまったのは、勿体無い話ではあるとは思いますけどね。

・ジャックルマロワ賞
 ともあれ安田で改めて国内無敗を実証したタイキシャトルは、勇躍フランスに飛び、夏のマイル王決定戦・ジャックルマロワ賞に参戦します。
 この年は日本競馬にとってひとつのターニングポイントと言えるのですけれど、しかし実はその先鞭をつけたのは、この馬ではなく、一週前にモーリスドギース賞を制したシーキングザパールと武J×森調教師コンビではありました。

 ただ、その勝利がより一層、この馬に対する期待値を上げたのは間違いありません。
 この日は珍しくテンションが高かった、という事ですし、はじめての直線コースでかなり物見をしながら走るなど、危うい部分もありましたが、当時の応酬トップマイラーの一頭であるアマングメンとケープクロスを破っての勝利は見事なものでした。

 もっともこのレース、最大のライバルと目されていたインティカブが、直前回避するという幸運もあったんですよね。
 インティカブはレッドランサム産駒で(その父ロベルトですよロベルト。。。)、GⅠ未勝利で引退となってしまったんですけど、このジャックルマロワ賞の前のロイヤルアスコット・クイーンアンSで、アマングメンに8馬身差の圧勝を飾っているのです。

 当時はクイーンアンSはまだGⅡで、今はGⅠなので、充分GⅠ級の力はあった馬、と言えますし、この馬が出ていたらどうだったか?というのは永遠のイフとして面白いエピソードだと思います。
 この年の欧州マイル戦線も、前年のこのレースの覇者のスピニングワールドのような絶対的存在はいなかったとは言えますし、色々な意味でここは幸運も味方したレースと言えるのではないでしょうか。

 ちなみにインティカブは、スノーフェアリーの父としても有名ですね。
 やっぱりあの、馬場の悪いコースでぐいぐい伸び続けるパワーはロベルトなんですねぇ。。。

★マイルCS~スプリンターズS <競走馬に絶対は、ない>

・マイルCS
 内容はともかく勝ちは勝ち、大きな歴史の扉を開いたタイキシャトルは、BC遠征の話も出ましたが、検疫の関係などもあり断念、国内に戻ってマイルCSで復帰します。
 このころはGⅠ馬でも前哨戦を使うのは当たり前でしたし、海外明けとは言えぶっつけでGⅠ、というローテはやはり心配されました。

 実際にこのレースでは、馬体重が安田記念比較で+14kgと大幅に増えており、すわ調整失敗か、とささやかれたものです。
 しかしレースに行ってしまえば、そこにいたのはいつもの威風堂々、正攻法の鬼のタイキシャトルでした。

 いいスタートから道中3番手の外目を追走し、直線は追いだしを待つ余裕を見せて、残り200mからは後続を引き離す一方となります。
 2~8着までカタカナが並ぶ大激戦を尻目に、1頭だけ5馬身差をつけるえげつないパフォーマンスで、見事にマイルCS連覇、GⅠ5勝目を重賞8連勝の新記録と共に飾って見せたのです。

 このレースのラップは44,8-48,5=1,33,3となっています。
 なんというか、この馬の出るレースって大抵キョウエイマーチがいて、壮絶なハイペースになるのですよね。。。

 レース後半は11,9-12,1-12,2と加速度の低い競馬で、けれどラップは落とさずしっかり踏ん張る、あまりにもハイペースでのタイキシャトルらしいレースでした。
 ただ結局のところ、ハイペースならどこまで速かろうと問題なく鬼のように強いけど、スローペースで後半型の競馬になったらどうだったのか?は永遠の謎ではあるのですよね。
 ラップ分析の観点からすれば、一度くらいは大レースで、そういう緩い流れの中での走りを見て見たかったなとも思います。

・スプリンターズS
 元々藤沢調教師は、このマイルCSを花道に引退させるつもりだったようです。
 しかしファンやJRAの要望もあったようで、結局引退レースとしてスプリンターズSの出走を決め、同時にレースの後に引退式を行う、という、この時点では前代未聞の挙に出ます。

 藤沢調教師としては、もう競走馬としての使命はやり遂げている以上、余計な輸送で負担やリスクを増やしたくない、という配慮だったのでしょう。
 ただそれを、勝ちを確信した傲慢、と受け止める向きも少なからずあり、他陣営にとっては面白くなったのも想像に難くはありません。

 それに加えて、のちに岡部Jは、この時のタイキシャトルは既に闘志が衰えていた、という証言もしています。
 或いは賢すぎる馬ゆえに、一度これで引退、という空気を嗅ぎ取ったのに、そこから一転してまたレース、という流れに対して、気持ちの面でズレがあったのかもしれません。

 ともあれ、単勝1.1倍と、誰もが勝利を確信したレースでした。
 レースのいつものように先団外を追走、早めにマイネルラヴが被せに来る展開でも泰然と構えていて。

 今回のリンク映像は違うものですけど、未だに当時のフジの実況は覚えています。
 直線向いて、「岡部が悠然と鞭を抜いた!」のあたりでは、誰もがそこからマイネルラヴを突き放す姿しか想像しなかったでしょう。

 しかししかし、そこからタイキシャトルは伸びあぐねました。
 ずっとマイネルにびっしり被せられて苦しい競馬とはいえ、それでもあのタイキシャトルが、と期待が悲鳴に変わって。
 最後は大外から直線一気に賭けたシーキングザパールにも交わされて、デビューから続いた連対記録が12で途切れる、3着敗戦となってしまったのです。

 レースラップは32,9-35,7=1,08,6となっています。
 このレースらしいハイペースからの一貫消耗戦で、コーナーの加速もないので、この馬にとっては得意のパターンだった、とラップからは判定していいでしょう。

 馬場的にも、前年と比較して、特にこの年が極端に重かった、という事はないと思います。
 シンプルにこのレースは、タイキシャトルが走らなかった。そう考えて差し支えないと私は判断しています。

 要因としては更に+6kgと増えた馬体重から見て取れる仕上げの甘さや、気持ちの面の変化など色々あるでしょう。
 それでも、これだけの完全無欠のような名馬でも、歯車が少しでも狂えば負けてしまうのだ、というのを、競馬ファンにまざまざと見せつけた一戦だったのは間違いありません。

 敗戦後の引退式で、全成績のテロップが、この最終戦も1着になっていて非難された話も有名ですよね。
 誰しもが勝利を疑わなかったところで勝てなかったのは、ある意味ではずっと勤勉に、真面目に走り続けてきたタイキシャトルの、唯一の反抗だったのかもしれません。

 それでも、やはりジャックルマロワ賞の勝利が決め手になったか、この年は遂に、短距離主戦場の馬としては史上初の年度代表馬に選ばれています。
 この馬の後、マイルまででこの賞を取ったのはロードカナロアのみですから、それだけでもこの馬の突出した偉大さは浮き彫りになりますね。

 正直去年のグランアレグリアも、普通の年なら俎上に挙がっていい成績だったんですけどね。
 やはりマイルまででは、余程のインパクトがないと厳しいというのはありますが、それでも大きな歴史の扉を二つ開いた、その功績は永遠に語り継がれるべきものでしょう。


・終わりに

 種牡馬としてのタイキシャトルは、大成した、とまでは言い難いものの、堅実に走る産駒を出して、今は主に母父として存在感を示しています。
 産駒もダートや短距離ばかり、というあたり、やはり本質的に距離延長で後半型の競馬向きではなかったのかな、とも類推は出来ますが、実際走っていない以上、それは永遠の謎です。

 折よく今週、前年のマイル女王・グランアレグリアの、大阪杯参戦がニュースになりました。
 ついでに言うと、香港マイル王のゴールデンシックスティも、次走は2000mのゴールドCで、エグザルタント・フローレとの激突が見られるようです。

 スプリント・マイルを制した馬が、果たして10FでもGⅠを取れるのか?
 もしもグランがそれを成せば、ある意味ではシャトル以上の金字塔を成し遂げたとも言えます。
 それでも時代の先駆者として、開拓者としての功績は揺らがないですし、本当にもう一年走りを見てみたかった馬ではありますね。


posted by clover at 16:00| Comment(4) | 名馬列伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
昔は距離適性とかあんまり関係なく使ってたから、ヤマニンゼファーとかバンブーメモリーとか3階級制覇寸前まで行ってる馬もいるんですが、タイキシャトル辺りから
そもそもそういう挑戦をする馬がいなくなりましたね。高い能力がある馬が必ず中長距離の大レースを目指す必要はなく、自分の持ち場でしっかりその能力を発揮することを
良しとする習慣がこの馬の大成功で根付いたと思うし、それが日本の競馬を発展させる上で重要な役割を果たしたとも思うんですが、だからあまりこの馬が好きではなかったりします(^^;。
タイキシャトル自身がローテ決めてるわけでもなんでもないんですけどね…

ロードカナロアやモーリスみたいな馬たちが狙えばできたんでしょうかね?。個人的にはダイタクヘリオスがまともな気性だったら達成できたのではないかと思っていますが、
ダイタクが大人しかったらそもそも大した馬にはならなかったのかも知れないところが競馬の難しさでしょうか。

グランアレグリアは去年なら絶対できたと思いますが、この馬も基本難しさを抱えた馬ですからいつ急に走らなくなるか心配なところもありますね。
Posted by I.C.スタッド at 2021年02月05日 22:41
>I.C.スタッド様

 いつもコメントありがとうございますー。

 バンブーの秋天⇒マイルCS⇒スプリンターで3・2・1着というローテと結果、地味に凄いですよね。

 個人的にはダイイチルビーが万全で秋天出ていたらどうだったかなぁ、なんて思いますけどね。
 ただ当時は中距離混合戦に牝馬を使う発想が薄かったのもありますし、どうしても時代性に縛られて、万全の可能性を引き出し切れない面は時代に関わらず出てくるのかもしれません。

 今は特に、種牡馬需要の中心が10~12Fから8~10Fに降りてきて、その分昔は6~8Fと10~12Fカテゴリで棲み分けていたのが、6F、8~10F、12F以上、みたいなイメージですしね。

 そういうスペシャリスト的な風土を作ったのは確かにバブルとこの馬、って感はありますね。
 馬本位の藤沢調教師の先見性ではありますが、実際それは無茶だろう、ってローテでも、ひょっとしたら、と思わせるシーンが少なくなったのは事実かもしれません。

 しかしそれを、最後の最後に打破しようとするのも藤沢調教師、というのは面白い構図ですね。
 これもある意味ルメールファーストという時代性の産物とも言えなくはないんですが、グランがまともであれば2000mのコントレイル相手でも互角に戦うと思うので本当に楽しみです。
Posted by clover at 2021年02月06日 03:57
タイキシャトル、マル外全盛期の覇者でしたね。
今はマル外とか気にもならないですが、当時の自分は海外からきたヒールみたいなイメージだったので、グラスやエルコンドルパサー含め最初は好きじゃなかったんですよね。圧倒的な強さに嫉妬してたのもあるんでしょうね。今思うと古くさくてダサい考えですが。
けど、シーキングとともに海外挑戦からの制覇には自然と応援してましたし、ガッツポーズしたのも覚えてます(笑)
ほんと強い、勝てる馬はいないと最後まで思わせてくれた最強馬でしたね。
次回も楽しみにしてます。
Posted by ブソン at 2021年02月06日 07:23
>ブソン様

 いつもコメントありがとうございますー。

 やっぱり90年代前半くらいまでは、まだ外国馬の方が強い、という固定観念もあったせいで、色々解放されていく流れに複雑な気分があったのも確かですよね。
 今じゃ父内国産馬なんて死語ですけど、当時はそういう保護政策がないと立ち行かない部分もあったのでしょうしねぇ。

 それでもマル外が日本競馬の発展に大きく寄与したのは間違いないですしね。
 どうしても個性的なエピソードが少ない分もあって、千代の富士的な、憎たらしいほど強い、という立ち位置にされてしまっていますが、やはりタイキシャトル、改めて振り返ると凄い馬だったな、と思います。
 中々列伝は機会を作るのが難しいとは思いますが、出来る限り頑張ります。
Posted by clover at 2021年02月06日 13:44
コメントを書く
コチラをクリックしてください