2020年09月15日

私的名馬列伝 第三十五話 クロフネ

 本日の名馬列伝は、外国産馬に対するクラシック解放元年に彗星のように現れたクロフネを取り上げましょう。
 今では日本屈指の名馬主である金子氏が、その経歴の初期に走らせた、時代性に即したネーミングと相俟って話題性抜群の馬でしたね。
 勿論その実力も折り紙付きで、特に現役最後のダート2戦は、未だに伝説として語り継がれる凄まじい内容になっています。

 生涯通算成績は以下の通りです。


 10戦6勝という数字は、イメージの割には取りこぼしている、と感じるかもしれません。
 とにかく勝つときは派手ですが、時に脆さも見せた馬ではあり、その内実を改めて列伝の中で、多角的な観点で探っていけるといいな、と思っています。


★新馬戦~ラジオたんぱ杯3歳S <大器の片鱗、ライバルの出現>

 クロフネの父はフレンチデピュティです。
 この馬はアメリカで95年に走り6戦4勝、GⅠタイトルこそないものの、デビューから4連勝した際は注目を集め、シガーの勝ったBCクラシックにも出走していますね。
 最初はアメリカで種牡馬入りし、クロフネは外国産馬になりますが、割と早い段階で輸入されて国内で繋養、芝・ダート問わずに活躍馬を多数輩出しています。

 いわば、日本のレースにフィットした適性を持つ種牡馬だったと言えますが、この時点ではまだそれは簡単に見抜けるものではなかったでしょう。
 改めてその辺り、金子氏の相馬眼の確かさや強運ぶりを感じさせるところでもあります。

 また、このクロフネの世代から、クラシックや天皇賞などの大レースが、頭数制限こそあったものの、外国産馬にも開放される事になりました。
 それもあってのクロフネ、という命名のセンスの良さとわかりやすさは素晴らしいものですし、そして今まで門戸を開いていなかったレースに対する黒船襲来、という意図に、色々な意味で振り回される競争生活になったのも本当に面白い話ですね。

 松田国厩舎に所属したクロフネの新馬戦は、秋の京都開催、マイル戦を選択しています。鞍上は松永Jでした。


 このレースは2着に敗れていることもあってか、単体でのレース映像が見つけられませんでした。
 なのでダイジェスト版を張り付けておきます。これ一本で全レースの直線は見る事が出来ますが、これ以降のレースはフルバージョンも張り付けるので、最初の新馬戦だけ見て頂ければ問題ありません。

 見ての通り、直線は2列目のインから中々前が開かず、残り200mでやっと外に切り替えて進路を作っています。
 そこから猛然と先に抜け出したエイシンスペンサーを追い詰めているものの、最後は首届かず、という、負けて強しの内容でした。

 レースラップ的にも、スローの上がり勝負で、直線は11,6-11,4-11,4と減速しない平坦ラップです。
 この流れで、あれだけ追い出しが遅れて差し切るには、ラストに10秒台の脚が必要でしょう。
 この先を見ても、クロフネという馬にはそういうスパッと切れる瞬発力や加速性能はそこまで見出せないですし、あの位置になってしまった時点でどうしようもなかった感じですね。
 ただラストは間違いなくこの馬自身加速ラップで詰めていますし、距離が伸びれば、という期待を持たせる内容だったのは間違いないと思います。

 それを反映して、中1週で迎えた2000mの折り返しの新馬戦では断然人気に支持されます。


 このレースでは内枠からまずまずのスタート、そこから好位の外に切り替えて、脚を出し切る競馬をする意図ははっきり見えます。
 残り800mから番手のマイネルエスケープと一緒にスパート、直線も2頭で抜け出し、最後は外から地力で捻じ伏せる強い競馬でした。

 ラップ的にも61,1-59,6=2,00,7は優秀です。
 同日のスワンSが1,20,4ですから、軽めの馬場だったとは思いますが、それでもこの時期の若駒らしからぬパワーとスタミナは見せています。
 しかもこれ、ラップが11,8-11,6-11,8-11,6と、後半4Fロンスパで、それでいてラストが加速ラップなんですよね。
 この先のクロフネらしさを先取りする、どこまでもバテない中間的なスピード持続性能をまざまざを見せつけた勝利だったのではないでしょうか。

 そしてその傾向は、続くエリカ賞でも見て取れます。


 ここも外枠からいいスタートを決めて、じわっと道中は3~4番手の外を追走します。
 新馬同様に三分三厘から仕掛けていき、直線入り口で先頭に並びかけると、直線はほぼ馬なりで抜け出しての快勝でした。

 ラップが61,6-59,6=2,01,2となっています。
 同日の1600万下のゴールデンホイップTが61,3-59,3=2,00,6なので、そこと比較すると少し見劣ります。
 ただゴールデンTがロンスパで出し切る競馬だったのに対し、エリカ賞はラスト12,0-11,6-11,5と、仕掛けが遅れての加速ラップであり、最後に坂のあるコースでも全くその持続性能に陰りがない事を見せつける内容でもありました。
 同日の阪神JFが平均ペースで1,34,6、勝ったのがテイエムオーシャンと考えても、そこまで時計の出る馬場ではなかったはずで、やはり血統通り、少し力の要る馬場での強さは群を抜いていた感じがしますね。

 この2戦のスケール感たっぷりの勝ちっぷりは、ある意味で競馬関係者を戦慄させたでしょう。
 上でも触れたようにこの世代はクラシック解放元年でした。
 その初年度にあっさりタイトルを持っていかれる可能性が、一気に現実味を帯びる、そういう意味合いを持つ勝利でもあったと思います。

 しかしその野望は、次の一戦・ラジオたんぱ杯3歳Sで否応なくトーンダウンする事になります。


 2連勝の内容を高く評価されて、ここもクロフネは圧倒的な一番人気に支持されています。
 二番人気が、新馬で強い勝ち方をしたサンデーサイレンス産駒のアグネスタキオンで、三番人気が札幌3歳Sの覇者・ジャングルポケットでした。
 今に至るまで、歴史上最高峰のGⅢ、と呼ばれるに相応しいメンバー構成ですし、レース内容もそれに相応しい、今見ても震えが来るような内容になっていますね。

 このレースでのクロフネは、真ん中の枠からスタートは五分でしたが、他の馬もそこそこ速くて、序盤は馬群の中で揉まれる形になります。
 それを避けつつ位置を調整して、向こう正面ではそれでも4~5番手の外と、いつもよりは後ろからのレースになりました。
 でも残り800mからじわっと動いていくのは変わらず、その後ろにピッタリとアグネスタキオン、ジャングルポケットがつけての4コーナーは、ここから大激戦が繰り広げられる、という予感に満ち溢れた構図になっていると思います。

 ただ、レースの決着自体はあまりにも瞬間的に決まってしまいました。
 直線を向いて、異次元の瞬発力を繰り出したアグネスタキオンが一気に抜け出して圧勝、クロフネは最後ジャングルポケットにも交わされて3着と、苦杯を喫する事になったのです。

 レースラップは61,8-59,0=2,00,8となっています。
 同日の1600万下の2200m戦が、61,2-12,4-60,1=2,13,7なので、エリカ賞の日よりは馬場も少し使い込まれてタフ寄りだった、と思います。
 その比較で言えば、クロフネ自身は2,01,4の走破なので、ほぼパフォーマンスを落としていませんが、ここではそれより強い馬が2頭いた、ということにはなるのでしょう。

 ただし、細かくテクニカルに見ると、このレースは後半が12,3-12,0-11,2-11,4と、直線入り口で強烈な加速と瞬発力を問われています。
 クロフネ自身もおそらく11,8-11,5-11,5くらいのラップで走れている、とは思います。
 しかしアグネスタキオンは、この馬場で400-200m地点を11,0くらい、下手すると10秒台で突き抜けているのですよね。
 これはもう、パワー馬場での加速性能と瞬発力が桁違い過ぎた、というしかないでしょう。
 ジャングルポケットも、加速自体にはついていけなかったものの、ラストは11,3くらいでまとめていて、クロフネは高いレベルでは持続性能でもやや見劣る、という結果になっています。

 結果論的に言うなら、クロフネはもう少し早くスパートして、より分散するラップを踏む意識が必要だったのでしょう。
 ただ馬場の重さを考えれば、このラップからあそこまでの切れ味を引き出せる、と思う方が難しく、勝ちパターンを踏襲してはいるわけなので、一概には責められません。
 歴史的に見ても、このままアグネスタキオンが無敗の皐月賞馬として引退、ジャングルポケットはダービーを制し、史上初の3歳でのJC制覇まで成し遂げる馬です。
 その2頭との比較で、芝においては後半型の競馬では太刀打ちできなかった、というのが、率直な評価になるでしょう。それにしても本当に、このアグネスタキオンの爆発力はえげつないですね……。


★毎日杯~日本ダービー <信念のローテ、夢は未来に>

 松田国厩舎は、この時点で開業6年目を迎えていました。
 2000年に39勝を挙げてリーディング5位に躍進、地方とは言え南部杯をゴールドティアラで制して初GⅠタイトルも獲得と、波に乗り始めた時期だったと言えます。

 そして松田調教師には、中山2000mがチャンピオンホースに相応しいコースではない、という持論がありました。
 強い馬は府中のGⅠを走るべきで、そして直線の長い府中ならば距離は融通が効くと考えており、その結果として、この厩舎に入った強い馬は、大概NHKマイルC⇒ダービーという路線を選択する事になります。通称マツクニローテですね。

 その挑戦の歴史的意義としては、賛否両論、というのが率直なところでしょうか。
 実際にこの厩舎でその2レースを制したのはキングカメハメハがおり、どちらか一つ勝ったのはタニノギムレットとクロフネがいます。
 ギムレットなどは皐月賞も使っているので本当にえげつないローテであり、そして結果的にどの馬も3歳で故障し、古馬になってレースを走る事はありませんでした。
 また、それ以外にこの2レースを勝った馬にディープスカイがいますが、こちらも古馬になって大成したとは言い難いです。
 勿論全ては結果論でしかありませんが、アメリカクラシックなどを踏まえて考えても、やはり春のクラシックシーズンの無理は、順調な成長を阻害する要因にはなってしまう、とは言えるのでしょう。

 クロフネもその信念の元(この時点ではまだ皐月賞には、外国産馬の出走権がなかったのもありますが)、春のローテは慎重に吟味された結果、毎日杯から始動してNHKマイル⇒ダービーの3戦がチョイスされました。
 最大目標がダービーなのは当然として、ライバルのジャングルポケット・アグネスタキオンはこの時点で始動戦を快勝しています。
 最高の舞台でラジオたんぱ杯の借りを返すためにも、まずは負けられない一戦となったのがこの毎日杯でした。
 ちなみに経緯は正確に覚えていないのですが、このレースは鞍上が松永Jではなく、ワンポイント、という形で四位Jになっていますね。


 そしてクロフネは、その期待に満額回答、むしろそれ以上のパフォーマンスで応えて見せます。
 内枠からいいスタートを決めて道中は大名マークの2番手を追走、そこから直線早め先頭からの圧巻の勝利を決めて見せたのです。

 時計的にも、60,5-58,1=1,58,6の内容は圧倒的でした。
 同日の900万下マイルが1,33,4、3歳500万下2200mも2,12,9なので、流石に年末よりははるかに軽い馬場だったのは間違いないでしょう。ちなみにこの500万下を勝ったのが、後に対決する事になるエアエミネムでもあります。

 それでもこのラップバランスで後半の58,1は圧巻で、推移が11,8-11,5-11,6-11,5-11,7ですから、向こう正面のスパートからほぼゴールまで減速していません。
 前年にも見せていた中間的なスピードの持続力を、更に5Fまで広げても問題ない、というのを見せつけた内容ですね。

 ただし、ここまでのレースは、初戦のマイル戦も含めて、全て前半はスローの競馬ばかりです。
 相対的な前傾戦は元より、高速馬場での絶対的な追走の質が問われてやれるのか?は大きな課題として残ったまま、NHKマイルCに駒を進める事になります。


 このレースには、鞍上にフランス長期遠征中の武Jを配し、磐石の構えでの出走となりました。
 相手関係もかなり手薄で、そのせいか単勝1,2倍と、圧倒的に支持を得ています。
 正直今の私が予想するとしたら、この人気で、まるっきりマイルの高速決着と追走力の裏づけがないクロフネには本命打てないだろうなぁ、と思います(笑)。

 レース自体も、そういう不安を全く感じさせない、というものではありませんでした。
 スタートは悪くなかったですが、飛びの大きい馬で加速に時間がかかる為、どうしても物理的にテンはついていけず、後方からの競馬を余儀なくされています。
 道中も、内枠だった分あまり外にも出せず、促しつつも中々詰められない感じでしたが、直線上手く内から進路を作って坂下を迎えます。

 ただやはりそこでスパッとは動けず、ジリジリとした伸びで、残り200mでは危ういか?という態勢でした。
 しかしそこからの持続性能は流石の一言で、最後は一完歩ごとに着実に差を詰め、きっちり測ったようにゴール前で交わし、馬も、厩舎も、嬉しいJRA初GⅠタイトルとなったのです。

 ラップは46,1-46,9=1,33,0となっています。
 同日の900万下が46,3-47,1=1,33,4なので、それよりは上、という内容ですが、この時期の3歳GⅠとしてはギリギリ水準レベル、という時計ではあると思います。
 後半ラップは11,7-11,4-12,1と、それなりに直線で加速していますし、マイルの総合力勝負、という色合いは強いですね。

 その中で、まともに追走面と後半要素を兼ね備えていたのが上位の2頭しかいなかった、というレースにはなるでしょう。
 グラスエイコウオーにしても、その後は鳴かず飛ばずと言っていいですし、上手く展開が噛み合った面は否めないのは間違いありません。
 まあクロフネとしては、適性面で噛み合わない中でも勝ち切れた、というのは評価していいのでしょう。

 ただし、潜在的な追走力はともかく、物理的なポジションはマイルでは忙しい、となりますし、後半要素にしてもやはり持続面以外で目立つところはありません。
 特に坂の登りでスッと加速出来ておらず、ラストは4馬身くらい詰めているので、自身は11,5-11,4-11,4くらいのはずです。
 ここでも速いラップを踏めているわけではなく、ここにはかなり絶対的な限界があったっぽいので、本質的に高速芝のマイルが短いのは間違いないとは思います。もう少しまともなマイラーがいたら勝ててはいなかったレースでしょうね。

 とはいえ勝ちは勝ち、これで勇躍主役の一頭としてダービーに向かう事になります。
 アグネスタキオンは皐月賞後に故障で電撃引退してしまいましたが、ジャングルポケットはダービーを大目標に順調なローテーションを踏んでいて、改めて歴史の扉を開くために倒すべき相手ははっきりしていました。


 しかし結果として、ダービーの舞台でのリベンジはなりませんでした。
 雨に祟られて重馬場での開催となったダービーは、大逃げ馬がいる特殊な展開の中、外枠からスタートしたクロフネは道中後方外目を進んでいきます。
 3~4コーナーでじわっと押し上げ、坂下で先頭列に並びかけていくものの、しかしそこから本来のしぶとさが見られません。
 更に外から一気に伸びてきたジャングルポケット、そしてダンツフレームに交わされ、内の馬も捕まえ切れずに5着と、はじめて馬券圏内を外す惨敗を喫してしまったのです。

 敗因は、多角的な要素が考えられると思います。
 まずはじめての重馬場で、こういう滑る馬場は得意ではなかった可能性があります。
 更に距離の2400mも少し長かったかもしれず、当然強行ローテで状態面が維持できていなかった可能性も考えられるでしょう。

 ラップ的に見た場合、大逃げ馬がいるので参考にしづらいのですが、それでも全体として結構ペースが流れていたのは確かです。
 かつ、3~4コーナーで逃げ馬の足が鈍ってラップが落ちる中で、後半は13,3-11,6-12,1と、直線で極端な加速ラップが現出しています。
 勿論後ろから押し上げた組は、600-400m地点で12,5くらいは出しているでしょうが、それでもそこからの坂加速がかなり強いレースなのは間違いないでしょう。

 そう考えると、坂地点での加速性能の差がはっきり出たレース、とも言えると思います。
 交わされ方がラジオたんぱ杯と似通って、あっという間に抵抗できず、でしたし、手応えの割にラスト1Fは踏ん張っているあたりからしても、切れ負け、という可能性は見ておきたいです。

 流石に着差から考えて、もっと強気のレースをしていたら勝ち負けだった、とは言えません。
 でも2400mの距離で後方から、というのは、この馬のスタイルとしては消極的に過ぎましたし、前半の追走面と総合力で勝負してどこまで抵抗できたか、は見てみたかったです。
 もう少し前に行けていれば3着はあったとは感じますし、一概に距離が長かった、とは、JCダートを見ても思わないのですけどね。


★神戸新聞杯~ジャパンカップダート <錯綜する運命、瓢箪から最強の駒>

 ただ、陣営としてはダービーの敗戦を、距離が長かった、と解釈したようです。
 秋の路線は早々に菊花賞ではなく、古馬相手の秋天に向かう事が表明されており、その前哨戦としてもお手頃な、2000m時代の神戸新聞杯から始動する事になりました。


 このレースでは蛯名Jが騎乗していましたが、スタートで見事に出遅れ、中団からのレースになります。
 そこから向こう正面で外に持ち出し、じわっと押し上げていくのはいつものこの馬のスタイルですが、位置が後ろの分だけ、コーナーでも外々を回る形になります。
 その結果、前目内目で上手く立ち回ったエアエミネムとサンライズペガサスを捕まえ切れず、3着ともどかしい結果に終わっています。

 ラップは60,6-58,9=1,59,5という推移になっています。
 パターンとしてはクロフネが得意にしている内容で、後半も12,4-11,7-11,5-11,6-11,7と、4F戦とはいえ分散されてのロンスパではありました。
 このラップ推移で、ずっと外々を通して最後まで伸びてくる持続性能は流石、ではあります。
 でもやっぱり後ろからだと、一気に差を詰める瞬発力が足りないので、どうしても物理的に届かない、というパターンになりがちですね。

 正直このレースに限らず、ここからの秋の一連のレースは、強い内容に見逃されがちですが、常に出負けが付き纏っています。
 ダービーでも若干その兆候があったのを、ここでESPが後押ししてしまった、というのは穿ち過ぎかもですが、どうあれ芝で戦うにあたってはポジショニングが命の馬だけに、その点では暗雲漂う一戦、とは言えるのでしょう。

 それでも陣営は強気を崩さず、次走の目標を天皇賞秋に定めて調整していました。
 しかしこの年は、天皇賞も外国産馬に開放されるはじめての年であり、その頭数は2頭までに制限されていました。
 1頭はテイエムオペラオーの古馬シーズン最大のライバルであるメイショウドトウで決まりで、もう1枠も順当なら賞金的にこの馬に回ってくるはず、でした。

 が、運命はクロフネの天皇賞出走を無慈悲に阻みます。
 ダートマイルの南部杯を制し、賞金を積み上げたアグネスデジタルが、急遽天皇賞秋への出走を表明し、結果クロフネは狭き門から弾かれる事になってしまうのです。

 その一連の流れは、レース前にはかなりの賛否、というより、アグネスデジタル陣営に対する批判を多く呼んでいたのは間違いありません。
 実際にアグネスデジタルは、マイルCSこそ制しているものの、芝の2000mでは良績のない馬で、特に古馬シーズンはダートで結果を残していました。
 要するに秋天でオペラオーやドトウと戦うのに、デジタルでは役者不足、クロフネこそふさわしい、と多くのファンが考えていたわけで、もちろん私もその例に漏れません。

 おそらく今のレベルの視座を持っていれば、クロフネが高速府中の2000mで一線級と戦うのは難しい、とは判断出来たでしょう。
 それでもデジタルの適性までは読み切れなかったでしょうし、ましてこの年のあの馬場ですから、その影響は大きかったのもあります。
 ただダービーの結果からも、渋馬場でクロフネが躍動できたか?というのは半信半疑ですし、結果的に見れば本当にこれは、歴史を素晴らしい方向に変えた白井調教師の英断だったのかな、というイメージです。

 ともあれ、天皇賞秋に向けて緻密な調整を重ねてきたのに梯子を外されてしまったクロフネ陣営は、苦肉の策として同週のダートマイル戦・武蔵野Sに駒を進めるしかありませんでした。
 勿論いずれ芝で苦しくなれば、血統的にダートを試しても、という意識は頭の片隅にあったはずです。
 そうでなければ、いくら調整の都合があるとはいえ、あっさりダート戦をチョイスは出来ませんし、この辺りはやはり松田調教師の、常識にとらわれない先進性が功を奏した面も強いのでしょうね。


 そして、伝説が誕生しました。

 外枠を引いたものの、流石に初ダートで半信半疑、という人気でしたが、レース内容は史上最強のダート馬、という冠を授けるのに微塵の疑いもいらない、破格なものでしたね。
 スタートはやや出負け、程度でしたが、やはり芝地点での二の足は冴えず、ダートに入るまでは後方寄りの位置になります。
 ただ外枠の分リカバーが楽で、じわじわと中盤から前に取りついていき、3~4コーナーも外から進出して、直線入り口では早くも先頭に立ってしまいます。
 そこからも後続を突き放す一方のワンサイドゲームで、改装前とは言え、今も燦然と輝く1,33,3というスーパーレコードを楽々と叩き出してしまったのです。

 ラップ的には45,9-47,4=1,33,3なので、ややハイペースくらいのバランスです。
 これを序盤のロスがありつつ、中盤以降で楽に巻き返して、自身の上がりを35,6でまとめているのは異次元、以外の表現が見当たりません。
 後半は11,5-11,7-12,4なので、ラストは流石に少し落としていますけど、自身のバランスは初めて完全な前傾戦で、その中でも後半の鋭さを損なわなかった辺り、いかにもアメリカン血統らしいスピード持続力と言えますね。

 正直このレースを見る限り、この馬は、ダートでも芝でも使える1Fの最大限界の瞬発力がほぼ一緒だったのでは?と感じますね。
 実際に11,5の地点で一気に先頭、という形ですし、相対的に他の馬とはダートでは足の速さが違い過ぎた、というレースだと思います。
 この距離で内枠だったらもう少し苦労したかもですが、それでもダートなら後半要素だけで面倒見られたでしょうし、少なくとも府中のダートにおいては史上No,1のパフォーマンスだろう事は、衆目一致するのではないでしょうか。

 この勝利で、当然ながら次走の選択も芝ではなく、ダートのJCダートになりました。
 2100mという距離がやや懸念されたのと、この年はアメリカからバリバリのGⅠホースであるリドパレスが参戦した事で、単勝は1,7倍に留まりましたが、そんな評価を嘲笑うような別次元の強さをここでも見せ付けます。


 このレースでも、スタートははっきりと出負けしてしまっています。
 ただ1コーナーまでそろっと入って、砂を被らない外目にゆったり誘導しているのは、武Jらしい落ち着いたエスコートですね。
 向こう正面からはこの馬のリズムでじわじわと進出、残り800mでスパートを開始し、残り600mで早々先頭に立つ超積極策を取りました。
 しかし結局、全く後続に差を詰めさせることのない圧勝で、おそらく100回走っても絶対負けないだろう、と思わせる究極的な強さを披露してくれたレースになりました。

 ラップは30,3-24,4-35,4-35,8=2,05,9となっています。
 まずもって、ダート2100mでハロン12゛を切ってくる全体時計など以上に他ならず、といって馬場が極限に軽かったわけでもありません。
 ラップ的にもバランスとしてはむしろスロー寄りで、向こう正面からのロンスパで3ブロック目が最速、そこから11,5-12,0-12,3と、先頭に立ったところでもう一脚を繰り出すえげつない内容です。

 この距離でも最速11,5を踏んできているあたりは、やはり単純な距離不安は少なかったんじゃないかな、と思わせるところですね。
 ラストも少し甘いとはいえ相対的には破格ですし、ある程度緩めているのもあるので、やはりこの舞台では歴史上断然のパフォーマンスと評して差し支えないでしょう。

 この2戦の内容を見れば、ダートの質の違いに対応さえできれば、ドバイやアメリカの大レースでも期待が持てたのは間違いないと思います。
 ややゲートが甘く、ポジショニングが悪いのは、より高いレベルではネックになったかもしれません。
 ただ潜在的な追走力の質は相当に高く、武蔵野Sで自身45秒台をクリアしてきている以上、アメリカ競馬でも適応できた可能性は高いです。
 その上で後半のスピードを維持する持続性能も破格ですし、なによりタイムトライアルに圧倒的に強いので、変に包まれず自分のリズムを保つ形さえ作れれば、ダートのどんな舞台でも強い競馬は出来たはずだと感じますね。

 本当につくづく屈腱炎での早期引退が惜しまれる一頭です。


★終わりに

 ザッとクロフネの戦歴を見てきましたが、この馬はある意味イメージを裏切らないレース内容、ではありましたね。
 とにかくスピードの持続性能が高く、けれど一気の加速や瞬発力勝負は苦手、という感じで、乗り手の強気な仕掛けが常に求められるタイプではあったと感じます。
 芝では相対的に、この馬より切れる馬、持続力が高い馬はそれなりにいたので、ポジショニングが悪くなってしまうと勝ち切れなくなる、という面は出ていたでしょう。
 その意味では、あのタイミングでダートに切り替えられたのは幸運だったと思いますし、それがなければここまで歴史に名を残す名馬ではなく、一介のNHKマイルC勝ち馬、で終わっていた可能性すらあります。

 惜しむらくは、牡馬のサイアーラインが繋がっていない所でしょうか。
 比較的フィリーサイアーなところはあって、やはりそれは元々の絶対的な瞬発力が足りない中、固くなりやすい牡馬より、柔らかい牝馬の方が、持ち味のスピード持続力を長く活かせる、というのはあったのかもしれません。アエロリットなど、その典型的な馬でしたね。

 種牡馬は既に引退してしまっていますが、今年もソダシを輩出し、まだまだこれから活躍馬が出てくる可能性もあります。
 ブルードメアサイアーとしても、クロノジェネシス・ノームコアの姉妹が奮闘していますし、せめて牝系からでも、クロフネの血統が後々に残るような馬が出てくると良いのですけどね。


posted by clover at 16:32| Comment(6) | 名馬列伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは★ いやあ、ここでクロフネですか。

印象に強く残ってるのはNHKマイルのもたつきながらの勝ちっぷりで勝ったには勝ったけど何とも言えないなあの雰囲気と、やっぱりラストのダート2戦ですよね。

ジャパンカップダートのウイングアローなんかは普通なら勝利馬が叩き出してる時計ですからね。

このレースは本当に衝撃的でした。

たら...れば...を語りたくなる一頭なのは間違いないですね。
Posted by J.N at 2020年09月15日 18:54
クロフネの年はダービーマル外開放元年で青葉賞を勝ったルゼルと共に注目されていましたね。
皐月賞は当時まだ開放されていなかったのですが、もし開放されていたとしても小回りで瞬発力が要求される中山には出走していなかったと自分も思います。

自分が印象に残っているのはやっぱり武蔵野Sです。
3歳で10月に57キロ背負って古馬相手に勝てる馬もそうそういないですし、ましてやあれだけの差、屈腱炎のニュースを見たときはショックでした。
ドバイで見たかったなぁ…。
Posted by が茶 at 2020年09月15日 21:24
>J,N様

 いつもコメントありがとうございますー。

 改めて見ても、NHKマイルCは強くはないですよねぇ。
 相手関係も相当貧弱ですし、やはり基本的に、芝では前付けできないと一線級相手には苦しかっただろう事が見て取れます。
 勿論充分に一流馬の走り、ではあるのですけど。芝でここまで切れ味がなくてこれだけやれたのも逆に凄い、とは思えますね。

 ダート2戦は本当に、芝走ってる?って時計でしたからねぇ。
 ウイングアローも、前年に自身が叩き出したレコードを更新しているのに、それに7馬身差は、もはや別の世界線の競馬に思えたものです。
 あれからダートでも強い馬は沢山出てきましたけど、それでもこのクロフネのインパクトを超える馬はいませんでしたし、いつまでも伝説として語り継がれる事になるのでしょうね。
Posted by clover at 2020年09月16日 03:40
>が茶様

 いつもコメントありがとうございますー。
 ご指摘もありがとうございます!皐月賞の出走権そのものについては頭から抜け落ちてました。軽く追記させていただきました。
 まああの年は、マツクニ厩舎にボーンキングもいましたし、皐月賞はそちらに、という感じもありましたよね。どちらにせよ、タキオン相手では分が悪かったでしょうし。

 武蔵野Sは本当に、なんじゃこりゃあ!って感じでしたよね。
 全く予定していなかったレースで、まさかあんなパフォーマンスが飛び出すとは、おそらく関係者含めて誰も考えていなかったのでは、と思います。
 なにより掲示板が映った時の、1,33,3の衝撃は忘れられません。当時のレコードを1秒以上更新してますし、普通に良馬場でしたからね。

 JCダートの後は、間違いなくドバイで勝てる!という空気感でしたし、これほど早期引退にガッカリした馬もいないんじゃないか、と思います。その点だけはある意味、タキオンを凌駕していたかもしれませんね。。。
Posted by clover at 2020年09月16日 03:47
こんちゃわっす☆
武蔵野→JCダートの衝撃、そして翌年への期待感でめちゃくちゃワクワクしたのを覚えてます(^^)しかしそれ以上に天皇賞秋のゴタゴタが神がかってましたね(^^;デジタル勝っちゃうし、陣営は相当自信があったんでしょう。高校生だったかな、あの頃に戻りたい(笑)
Posted by のぶ at 2020年09月16日 20:57
>のぶ様

 いつもコメントありがとうございますー。

 本当にあの秋天のくだりは、日本競馬史のひとつのターニングポイント、と言っても過言ではないですよね。

 クロフネもアグネスデジタルも素晴らしい名馬ですけど、この脂の乗り切った時期に、それぞれがベストの条件にきっちりチャレンジできたのは、競馬ファンにとって本当に僥倖でした。

 少なくともファン視点では、それぞれの適性がそこにある、と中々見抜けていませんでしたし、仰る通りデジタル陣営の確信あればこそ、ですね。

 あの頃に戻りたい、はもう、オッサンのどうしようもないノスタルジーとして常々抱えていくしかないですよね。。。
 まあ贅沢を言うなら、ファクトそのものは抜きにして、今の競馬に対する知見レベルで戻りたい、ともなりますが。

 当時は本当に、漠然としか競馬観を養えていなかったですからねぇ。
 その辺りは基本若さとのトレードオフではあるので、仕方ないっちゃないんですけど、今の知見で90年代後半の競馬をリアルタイムで見られたら、滅茶苦茶楽しいと思います。
Posted by clover at 2020年09月17日 17:57
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