2020年08月04日

私的名馬列伝 第三十三話 ノースフライト

★はじめに

 今回の名馬列伝は、競馬ファンから「フーちゃん」の愛称で親しまれた名牝、ノースフライトです。
 牝馬らしい気品と愛嬌を兼ね備え、それでいて競馬に行けば牡馬も外国馬も蹴散らす無謬の強さを発揮した、稀代の名マイラーですね。

 デビューが遅れて春のクラシックとは無縁であり、また5歳シーズン一杯で引退したため、現役での稼働期間はほぼ1年半しかありません。
 その為に、競走馬としてはまだまだ未知の可能性を残していたようにも思えますし、今回の列伝ではそのあたりを、ラップ的観点を軸に探っていきたいな、と思います。


★概要・生い立ちからデビューまで



 生涯通算成績は11戦8勝2着2回、唯一5着に敗れたレースも明確な敗因があり、ほぼ完璧に近い競争成績です。
 今回は一括でレース映像が見られる動画を発見したので、是非じっくりとご覧ください。

 正直この動画、ドキュメンタリーとしても非常に優秀な出来になっていて、これを見れば私の列伝などいらないのでは?という気分になります。。。
 なのでそちらで語られている事は、本稿ではサラッと軽めに扱い、語られていない部分に重きを置いて執筆していこうと思います。

 血統は、父トニービン、母シャダイソフィア、母父ヒッティングアウェーとなっています。
 映像内でも語られているように、社台の繁殖牝馬セールに、トニービンの仔を受胎したシャダイソフィアが上場され、それを大北牧場が購入して生まれたのがノースフライトでした。

 この時点でシャダイソフィアは18歳と高齢で、かつそれまでに目立った活躍馬を出せていません。
 トニービンも後々の活躍は素晴らしいものがありますが、この時点ではまだ産駒がデビューしておらず、海のものとも山のものとも知れない時期でした。
 それ故に、セールでも中々買い手がつかず、購入価格は410万円だったようです。
 ノースフライトが牧場名義で走り、4億5千万近くの賞金を稼ぎ出したことを考えると、これ以上ないお値打ちものだったと言えそうですね。

 勿論そうなるだけの背景があったのも間違いないでしょう。
 母父のヒッティングアウェーは、アメリカで52戦13勝の戦績を残し、ノーザンテーストで大成功する以前の社台グループによって種牡馬として輸入されました。
 この馬自体は近親にアメリカの年度代表馬がいて、血統そのものも当時の欧州とアメリカの良血を引いており、競走馬としては一流半でもその点で魅力があったのでしょう。
 ただ種牡馬としては正直失敗に近く、障害レースで何頭か重賞勝ち馬を出すに留まっています。

 トニービンも栄えある凱旋門賞馬とはいえ、イタリア由来のグレイソヴリン系で、正直日本競馬にフィットするかは評価の難しい馬ではあったと思います。
 また後々の産駒傾向を考えても、基本的には左回りの府中コース、かつクラシックディスタンスを中心に活躍馬を出しており、それは導入当初のイメージとも合致するものだったでしょう。
 血統評論家に、スピードのない短距離馬と評された事もあるらしいヒッティングアウェーとの掛け合わせでは、中々90年代から見られるスピード化の波についていける感覚は確かにありません。

 日本競馬の歴史の中で、ヒッティングアウェーの血を引くGⅠ勝ち馬はあと2頭います。
 それは菊花賞馬のソングオブウインドとオークス馬のエリモエクセルであり、そこから踏まえても、基本的にはスタミナ型の傾向は強いのですよね。
 なので、この血統背景で高速マイルGⅠで完璧な強さを見せるような馬が出てきた事が驚愕ではあるのです。

 敢えて言えば、ソングオブウインドもエリモエクセルも、エルコンドルパサーとロドリコデトリアーノにとっては数少ないGⅠ馬であると同時に、産駒傾向からはやや逸脱したタイプでもありました。
 ノースフライトも、トニービン産駒の中では数少ない、府中以外のGⅠと、マイルのGⅠを制した馬になります。
 他にマイルGⅠを勝ったのはテレグノシスとベガのみ、府中以外のGⅠ勝利も、このベガの桜花賞と、ノースフライトのマイルCSだけです。
 ただ他の2頭の勝ったレースはどちらも世代限定戦であり、古馬の統一マイラーとなったこの馬が異色なのはそこからも判断出来るでしょう。
 ヒッティングアウェーという種牡馬は、そういう意外性を生む触媒として有能だったのかもしれませんね。

 ともあれ、そういう背景で生まれたノースフライトは、競走馬としてデビューするまでも中々多難な道のりを歩んでいたようです。
 蹄や体質が弱く、また当時の牝馬としては大柄だった事もあって、中々デビューに漕ぎ着けられずに、初戦は5月初頭の新潟未出走戦という地味なレースになっています。

 奇しくも同期のトニービン産駒、社台生産馬であるベガが、既にこの時点で桜花賞を制し、直後にオークスも勝って二冠馬となり、世代トップに君臨していました。
 しかしここから半年足らずのエリザベス女王杯でその序列が入れ替わると思えば、これは下克上の物語としても充分に成り立ちますね。
 ここからはレースの内容とリンクさせつつ、この馬の強さを丁寧に紐解いていきましょう。


★未出走戦~秋分特別 <類い稀なる資質、追いつかない体質>

 デビュー戦はゴールデンウィーク直前の5/1、まだ当然ながら右回りだった時代の新潟マイルの未出走戦でした。
 裏開催だけあって、レース結果を見ても非常に地味な騎手の名前が並んでいますね。
 この馬の鞍上は西園Jで、騎手は96年に引退、その後調教師としては数頭のGⅠ馬を育てている腕利きですが、騎手としては実働22年で300勝余りですから、一線級で活躍した、とは言いにくいでしょう。

 ただ、馬の素質そのものは早い段階から評価されていたようです。
 もっとも、この時期に吹き荒れていたトニービン旋風も人気を後押しした面はあるでしょうが、ともあれここはメンバーも弱く、圧倒的な人気での出走でした。
 実際のレースでも、好スタートを決めて番手追走から、馬なりで前に並びかけ、直線では突き放すだけの堂々たる競馬での勝利となっています。

 ラップは46,7-49,5=1,36,2と、未出走戦としてはかなりのハイペースになっていますね。
 ただ中盤ではっきり緩んで、そこから12,6-12,3-11,9と、この馬だけ加速する余力を持っていたのは確かで、この時点から追走力の高さは窺い知れます。

 また、当日の未勝利戦が1,38,3、古馬の1400m戦でも1,23,3止まりで、全体時計としても破格に優秀です。
 初戦にしてゲートセンス、ダッシュ力、追走力に加え、タフ馬場での加速力、操縦性の高さなど、競走馬として理想的な素質を数多兼ね備えている事が存分に見て取れる内容ではないでしょうか。

 と、素晴らしい内容でデビューを飾ったノースフライトですが、そこでまた体質の弱さがネックとなり、中々次に向けての出走態勢が整わなかったようです。
 三カ月近く間隔を空けて、ようやく出走出来たのが夏の小倉の1700m戦・足立山特別でした。
 デビュー戦の内容で、期待が確信に変わった事もあり、このレースでは鞍上に武豊Jが配される事になります。

 この年の武Jは、ベガとナリタタイシンで春のクラシックを席巻、若くして騎手界のトップとしての地位を磐石のものとしていました。
 勿論同期のお手馬にベガがいるわけで、この馬が順調に出世していけばいずれはかち合う運命なのですが、それでも乗って欲しい、と思わせるだけの手綱捌きの冴えを見せていたのは間違いないと思います。

 レースでは、内枠からロケットスタートを決めて逃げも視野に入れて1コーナーに入っていきます。
 けれど外から強引に押し上げてきた馬がいたので、スッとハナを譲り番手に切り替えて追走、けれど3~4コーナー中間ではもう先頭を奪い返して、直線も突き放す一方のワンサイドゲームでした。

 ラップは29,4-36,0-35,9=1,41,3となっています。
 やはり序盤速い流れを楽々追走し、そこから一息入れて、3コーナー過ぎからロングスパートで捻じ伏せる圧巻の内容です。
 後半ラップも12,0-11,7-11,8-12,4とやや仕掛けが早く、それでいてラストも大きく落としていなくて、総合力の高さを遺憾なく発揮した一戦、と評価出来ますね。

 この日は雨降りとはいえ、時計の出やすい良馬場でしたが、それでもメインの2000m戦が60,2-60,7=2,00,9止まりです。
 そこから見てもやはり1,41,3は破格の時計ですね。総合的なスピードの持続力が非常に高く、軽めの馬場でもそれを引き出せるとわかったのが、このレースでの大きな収穫になっていると思います。

 2戦続けての、内実も伴うワンサイドゲームで、陣営ははっきりと秋の目標としてエリザベス女王杯を視野に入れ始めました。
 ただこの時点ではまだ500万下を勝ったばかりで賞金も足りません。
 なのでここではじめて、馬の体調最優先で組み立ててきたローテーションを崩し、9月半ばの阪神での2000m戦・秋分特別に駒を進める事となります。

 ですが、リンクした動画でも語られている通り、様々な要因が絡まって、このレースでのノースフライトの体調は最悪に近いものだったようです。
 レースでは外枠からいいスタートを決め、好位に取りついて後はスパートするだけ、でしたが、コーナーでの反応がこれまでのように芳しくありません。
 ポジションを下げつつ入った直線でも踏ん張れずにズルズル下がってしまって、はじめての5着完敗を喫してしまったのです。

 無論最大の敗因は、この後の活躍を踏まえても体調に尽きる、とは言えるでしょう。
 ただテクニカルにラップ面から見ると、36,3-48,5-37,0=2,01,8と、全体としてややハイ程度、中盤の緩みがない持久力寄りのレースになってもいます。
 ここまで追走面の良さと、要所の反応の鋭さが一番目立っていた中で、レース質的にもその武器が封じられる形にはなっているのですね。
 馬場もややタフで、距離もはじめての2000mであり、個人的にはここは、おそらく体調万全でも楽勝、とまではいかない条件だったのではないかな、と感じています。

 ともあれこの敗戦で、続くトライアルレースからエリザベス女王杯へ、という青写真は大きく狂ってしまいました。
 それでもGⅠ出走に向けて一縷の望みを繋げたい一心で、陣営は次走・乾坤一擲の賭けに出る事になります。


★府中牝馬S~阪神牝馬S <運命の女神を味方に、快進撃の始まり>

 優先出走権のあるトライアルレースは、確実に除外対象になってしまう、と判明した時点で、陣営ははじめての東上と、古馬相手の府中牝馬Sへの参戦を決めます。
 これも映像内で触れられているように、実はこちらも登録時点では除外対象だったようですが、それでもまだこちらの方が回避馬が多く出る可能性が高い、という、文字通りの賭けだったようです。

 レースに向けて追い切りも消化、出走確定しない時点での輸送も行ったようなので、もしもそれで除外されていたら、後のダメージは大きいものだったでしょう。
 それでも結果的に出走枠に滑り込めたというのは、この馬の持つ天運の強さを感じさせます。
 そしてその微かな可能性を繋ぐ蜘蛛の糸は、才能溢れるノースフライトにとっては、未来を切り開くのに充分過ぎるアシストになったのです。

 この時代の府中牝馬Sは、マイルでのハンデ戦でした。
 当然ながら実績的には皆無に等しいノースフライトのハンデは最軽量の50kg、そして鞍上には若武者・角田Jが配されます。
 今は調教師として活躍する角田Jは、この時点でデビュー5年目でしたが、既にシスタートウショウで桜花賞を制するなど、大レースでの実績もあり、冷静かつ大胆な騎乗ぶりにも定評がありました。

 このレースでも、内枠からいいスタートを決めたノースフライトを早め3番手に導き、直線も軽ハンデを活かして早め早めの仕掛け、坂下で一気に先頭に立つ強気の競馬を展開します。
 馬もそれに応え、坂地点で鋭く伸びて後続を一気に突き放すと、最後は少し詰め寄られるものの、そのまま押し切って見事に重賞初挑戦・初制覇を決めたのです。

 ラップは47,2-47,5=1,34,7となっています。
 バランス的には平均で、3~4コーナーで少し緩んでからの再加速、後半は12,2-11,5-11,8という推移なので、坂での加速性能が大きく求められているレースだと思います。
 勿論そこより前で仕掛けて、勢いに乗せて入っていく方が優位を確保できる流れで、ノースフライトは前半のポジション、後半の仕掛けのタイミングともにレース質に噛み合った走りが出来ていると感じますね。

 ただ、この馬の後々のポテンシャルを思えば、そこまで派手な競馬ではありません。
 この辺りは、ペースが落ち着いて後半要素が強く問われた事も影響しているのかな、とも思います。
 でもそれ以上に、多分前走からの立て直しが難しくて、まだ完調ではない中でのレースだった可能性の方が高いですね。
 はじめての遠征競馬でしたし、レース間隔も1カ月弱と更に詰まっていて、それでいながら結果をきちんと出した精神力は本当に素晴らしいな、と感じました。

 実際に、他のレースとの比較でも、1400m戦が軒並み23秒台なので、そこそこ時計が掛かる馬場ではあったでしょうが、それを差し引いても1,34,7はそこまで目立つものではありません。
 後続との着差や、メンバーレベルを踏まえても、絶対能力と立ち回りの上手さ、噛み合わせの良さでなんとか勝ったレースという評価でいいでしょう。

 ただ、内容はどうあれ勝ちは勝ち、しっかり賞金を積んで、これで大手を振ってエリザベス女王杯に挑戦する権利を得ました。
 とはいえ、当時のエリザベス女王杯は4歳馬限定戦で2400mです。
 当然ノースフライトにとっては未知の距離で、かつ府中牝馬Sから一気に4Fの距離延長と、過酷な挑戦であった事は疑いの余地はありません。

 相手関係も同期の一線級がズラリと揃っていました。
 二冠牝馬のベガは、調整が狂ってぶっつけのレースとなり、ユキノビジン、スターバレリーナ、アルファキュートと、トライアルの勝ち馬が万全の態勢で打倒ベガを目指して参戦しています。
 ノースフライトも新興勢力の一角として評価されるも、前走マイル戦と無茶なローテがやはり引っ掛かったのか、ここは5番人気の伏兵扱いでしたね。

 レースはケイウーマンが大逃げを打ち、後続が坂の上り下りでそれを捕まえに行くという、京都らしい絵面になっています。
 引き続き角田Jで挑むノースフライトは、外目の枠から先団馬群の中に潜り込み、折り合いに気を払いながら流れに乗って進めていましたね。
 そのまま勝負所も馬群の中で辛抱、直線引き込み線のあたりで前がばらけ、その合間を縫って一気に先頭に躍り出ます。
 外を回すベガの伸びは今一歩で、そのまま押し切れるか?と思わせたところ、更に後ろで足を溜めていたホクトベガが最内一閃、一気の差し切りで勝利を掻っ攫っていきました。
 この時の実況、ベガはベガでもホクトベガ!は、あまりにも有名ですね。

 レースラップは,34,5-35,7-38,8-35,9=2,24,9となっています。
 超ハイペースですけど、これは大逃げ馬のもので、道中番手以降は2秒近く離れていたので、実質は平均ペースくらいだろうと思います。
 残り1000mの坂の上りでケイウーマンがかなりラップを落としたので、そこでニュートラルに後続が捕まえに行き、それでも全体の仕掛けの意識は早くなって、坂の下りからの京都らしい4F戦、という様相です。
 ラストは11,8-12,0-12,1なので、比較的4コーナーをタイトに立ち回った方が脚を温存できたと思いますね。
 その上で最後は持久力・スタミナとパワーを備えた馬がしぶとく伸びた、という形であり、勝ったホクトベガは完璧な立ち回りで嵌り切ったレースなのは確かだと思います。

 翻って、ノースフライトは外枠で、前目に入ったものの横のポジションとしては完璧に内目を、という程ではありません。
 4コーナーは馬群の中なので、外から押し上げた馬よりは楽だったと思いますが、それでも前が開いてすぐにスッと反応して抜けてきていますので、それなりに早く脚は使っています。
 前走の感じから、それでもやれる、と角田Jは判断したのでしょうし、あれだけ馬群が凝縮する形では、一瞬の隙を逃せばまた前が閉じてしまうリスクもありました。

 その点であのタイミングでの抜け出しは妥当だったと思いますし、この距離としても追走が問われて、その点で苦しい馬が多い中で、相対的に一脚を残せていたのは流石の一言です。
 ただやはり、いかんせんこの馬に取って2400mが長かったのは否めず、ラストはっきり甘くなってしまったのはそれが最大の理由だと感じます。
 ホクトベガは後々砂の女王として君臨するように、パワー勝負とスタミナ面は素晴らしいものを持っていましたし、適性差と立ち回りの噛み合わせで少しずつ見劣った結果の2着、というイメージです。
 それでもベガのしぶとい追い込みを凌いでいるように、この位の距離でも流れと展開次第ではやれる、というのを感じさせる内容でしたね。

 このエリ女の好走で、文句なしに一流馬の仲間入りを果たしたノースフライトは、余勢を駆って年末の阪神牝馬特別に出走します。
 このレースは阪神の2000mなので、唯一圏外に敗れたレースのリベンジでもありました。

 健闘したと言え、エリ女で敗れたからなのかはわかりませんが、このレースからは改めて鞍上が武Jになっています。
 トップハンデの56kgを背負いつつ、外枠からいつものように好スタートを決めて、道中は2番手を追走する、この馬の勝ちパターンでレースは進んでいきました。
 3~4コーナー中間から強気に前に馬に並びかけていって、直線入り口では先頭に立つと、食い下がるベストダンシングを最後まで寄せ付けず、横綱相撲での完勝、でしたね。

 ラップは37,6-48,6-36,6=2,02,8となっています。
 ハーフですと61,4-61,4なのでほぼ平均ペース、ただ序盤はかなり緩く、中盤からそこそこ流れているスローロンスパ寄りの展開ですね。
 後半は11,7-12,1-12,8と、映像から受ける印象通りにコーナーからの早仕掛け、3Fの持続&持久力勝負、という格好でしょうか。

 このレースに関しては、勝ちはしたものの、全体時計としても内容としても際立って非凡、とまでは言えないのかな、とは思います。
 スロー寄りの流れで追走面の武器を活かせていないのと、仕掛けの早い展開の分坂で結構ラップを落としていて、この辺りからもベストの展開と距離ではなかったのは事実でしょう。
 それでも総合力と底力の違いでしっかり勝ち切っているのは流石ですが、この内容が陣営に、翌年のターゲットをマイルに向けさせる布石にもなっているようには感じますね。


★京都牝馬S~安田記念 <天衣無縫、牡馬も世界も飲み込んで>

この時期にはようやく体質も固まってきたのか、コンスタントな出走が可能になっていますね。
 それ故かはわかりませんが、これだけの実力馬ながら冬シーズンも休みなく、年明け初戦は1月の京都牝馬特別となりました。
 ただこの年から京都が改修工事をはじめたので、このレースは阪神マイルコースでの開催となっています。ちなみに改装前の阪神マイルコースは、圧倒的に外枠不利で知られていましたね。

 ここは別定戦で、前走より更に重い57kgを背負っての出走でした。
 が、久々のマイル戦、かつ万全の態勢の中、ノースフライトは水を得た魚の様に、素晴らしい走りを披露します。
 中ほどの枠からいつものようにいいスタート、スムーズに番手につけると、直線は持ったままで先頭、そのまま後続にどんどん差をつけていく、デビュー当時を彷彿とさせるワンサイドゲームを見せたのです。

 ラップは49,2-47,6=1,36,8と、かなりのスローバランスになっています。
 前半ゆったり入った分、後半の仕掛けはかなり早くなっていて、11,5-11,7-11,9-12,5と、コーナーで速いラップを踏んでの消耗型持続力戦ですね。
 冬場で他にめぼしい芝レースがないので、比較が難しいですが、かなりのタフ馬場の中での4Fロンスパ戦で、はっきり違いを見せるパフォーマンスでした。

 この馬の凄いところは、マイルであればどんな展開でも圧倒的に強いのと、馬場不問で強いところですよね。
 このレースでも、中盤12,3-11,5と一気にギアチェンジが問われる中で、この斤量で楽にペースアップ出来るのが素晴らしい点です。
 またタフ馬場で11秒台後半を持続する能力も相当なレベルであり、ラストは流石に落としていますが、それでも2000mの前走に比べれば、より仕掛けが早いのに踏ん張れていると感じます。
 色々勘案しても、やはりこの馬にとってのベストの距離がマイル、というのは動かしがたい真実なのでしょう。その点陣営は慧眼だったと言えますね。

 ともあれ、この清々しいまでの圧勝で確信を強め、ここからノースフライトは浮気なく、ひたすらにマイル路線を邁進する事になります。
 続くマイラーズCは、こちらも改装の影響で中京1700mに変更はされていたものの、それでもこの馬にとっては問題ない条件ではあったでしょう。
 むしろトニービン産駒の適性を考えれば、左回りでより強く、という見立ても出来るのですが、果たしてその辺りがどうなのかも含めて、ここからの2戦を見ていく事になります。

 ここも真ん中の枠からいいスタートを決めて、かなり強引に出していく馬がいたので、それを見ながら道中は3~4番手の外を追走していきます。
 向こう正面で外からマーベラスクラウンが早めに動いてきて、それに合わせつつ4コーナーで積極的に進出、ネーハイシーザーとともに先頭列で直線を迎えます。
 そのまま序盤でスッと抜け出し、ここも完勝か、と思わせましたが、流石に歴戦の牡馬は手強く、最後にマーベラスクラウンが外から力強く差を詰めてきます。
 それでも最後は余裕をもってクビ差残し、見事に重賞3連勝、牡馬相手の初重賞を、コースレコードのおまけつきで達成したのです。

 ラップは29,4-35,6-35,6=1,40,6という推移になっています。
 全体として、最遅ラップが12,0と波が少なく淡々と流れており、わかりやすい総合スピード持続力勝負、という感じですね。
 ラストは12,0-11,7-11,9ですが、コーナーから後続は動いているのでさほど加速ラップを踏んでいるイメージではありません。
 こちらも改装前の中京なので、コーナーでの淀みとそこでの加速性能は求められたでしょうが、総じてどの馬も力を出し切りやすい正攻法の展開、と考えていいでしょう。

 その中で最後は肉薄された、とはいえ、仮にも牡馬の一線級相手ですからね。
 2着のマーベラスクラウンがこの秋にジャパンCを、4着のネーハイシーザーが秋の天皇賞を制する、という点だけでも、非常にハイレベルな一戦であったはずです。
 勿論適性的には、この舞台ならややノースフライトに分があったかもしれませんが、このラップで自分から動いて押し切る形であり、斤量的にもこの馬の方がアローワンスを差し引けば厳しい条件でした。

 なのでここは着差以上に強い競馬、と見ていいと思います。
 ただこの時点では、まだマーベラスクラウンにせよネーハイシーザーにせよ、トップランクの馬、という立ち位置ではなかったのも事実です。
 なので、次走安田記念でこの馬がそこまで人気しなかったのも、歴史的に見れば意外ですが、当時の実情からすれば致し方ない面はあったのでしょう。

 ましてや、この年の安田記念は、大挙して海外の一流馬が押し寄せてきた、やはり歴史的に見ても異例の年でもあったんですよね。
 近年はすっかりご無沙汰ですけど、国際GⅠとして開放されて以降、2000年くらいまでの安田記念は、毎年のように外国の実績馬が来日して活躍しており、実際に外国馬が2勝しています。

 その中でもこの1994年の安田記念は、頭数も5頭と史上最多、実績的にも最強の来日馬が揃ったレースになっています。
 なにしろ前哨戦の京王杯で、外国馬がワンツースリーフィニッシュを決めていて、馬場適性でも疑いの余地が少なく、武Jも海外勢のエースであるスキーパラダイスを選択していました。
 ノースフライトもこの大目標に向けて万全の臨戦態勢、鞍上も乗り慣れている角田Jを早々に確保して臨んでいました。
 が、それでも錚々たる顔ぶれの中、まだまだ舶来信仰も強い時代で、相対的に人気を落としてしまうのは止むを得ない仕儀だったと言えるでしょう。

 小雨混じりの中での決戦となる中、しかしこの大一番で、ノースフライトはおそらくデビューしてからはじめて、スタートで後手を踏む形になります。
 サクラバクシンオーや、海外の有力馬がこぞって前目につけ、ペースが速くなる中で、しかし角田Jは慌てず騒がず、出たなりに馬のリズムで進めていく事を選択します。

 結果として道中14番手と、はじめて追い込む形の競馬になったのですが、しかしノースフライトのしなやかな精神力は、そんな差異をものともしません。
 残り半マイル、大欅のあたりからじわっと進出を開始すると、4コーナーでは大外から豪快に捲りあげ、そして有力馬が坂で苦労するのを尻目に、外から一瞬で突き抜け、坂上ではあっさりと先頭に立ってしまいます。
 そこからも勢いは衰えず、後続を更に突き放して、最後はトーワダーリンに2馬身半の差をつける圧勝でした。見事に最強メンバーの中、悲願のGⅠタイトルを奪取する事に成功したのです。

 レースラップは、45,0-48,2=1,33,2という、超ハイペースバランスになっています。
 雨の影響がどうだったかは読みにくいのですが、同日の900万下マイルで1,35,1が出ていますので、馬場としては標準レベルでしょう。
 このレースも、そこからどのくらい雨が降ったか?という観点はありますけど、勝ち時計は妥当なラインだと思います。
 見た目のインパクトは凄まじいレースですが、ノースフライトがえげつなく強かった、というよりは、他の馬があまりにもハイペース過ぎて、自分の脚を引き出せなかった面もある、とは感じますね。

 細かく見ても、後半は11,9-12,3-11,8-12,2と、コーナーで息を入れてからの再加速、という、前に行った馬には難しいレースになっています。
 翻って、ノースフライトは出遅れたおかげで結果的に前半脚を温存、後半ペースが落ちたところで自然に外から取り付いていく格好で、このラップだとコーナー外々のロスもほとんどありません。
 なにより、コーナーで加速しながら入っていった事で、坂の登り始めでの加速度が他の馬と段違いであり、その点に関してはかなり嵌ったレース、と見ていいと思います。

 ただ勿論、この馬の位置でもハイペースバランスで、質的に高い追走力があってこその加速です。
 この馬自身は11,9-11,6-12,2くらいの上がりだと思いますが、この馬場で、坂地点でもう一段鋭い脚を使えた、というのは流石ですね。
 この坂加速性能が高い、というのは、府中で安定して走る上では大切な武器であり、その点においてはこの馬もトニービン産駒らしい、府中巧者の側面は保持していた、と見做せるでしょう。
 でもこの馬は、府中以外でその武器を引き出せないという不器用さがまるでなかったので、その点ではトニービン産駒の枠を超えた馬、とも考えられると思います。
 贅沢を言えば、この馬は一度府中で、上がり特化の競馬でどこまでやれたか、は見てみたかったですね。


★スワンS~マイルチャンピオンシップ <圧巻の花道、華麗なる退場>

 大目標の安田記念でこれ以上ない一発回答を見せたノースフライトは、ここではじめてまとまった休みを取る事になります。
 勿論この当時は外厩など影も形もない時代ですから、放牧と言えば生まれ故郷の牧場へ、という形だったでしょうが、どうやらこの年の夏は猛暑で、夏バテの影響で帰厩が遅れてしまった模様です。

 ちょっと当時の雰囲気は覚えていないのですけど、あれだけ牡馬相手に強い競馬をしたなら、秋の天皇賞挑戦も視座にあって不思議はなかったでしょう。
 ただ当時は、今のように秋天ぶっつけローテなど問題外、という意識でしたから、夏負けが尾を引いた時点でそれは無理な算段にはなっていたと言えます。

 それに、この夏の間にこの年一杯での引退も決まったようで、そのあたりはやはり牧場の根幹的な繁殖として息長く活躍して欲しい、その為に余力を残しての引退を、という意図があったのでしょう。
 結果的に復帰戦は、マイル路線の王道とも言える7FのスワンSでしたが、このレースはようやくギリギリ状態が整った、くらいの状況だったようですね。

 そしてこのレースには、牡馬の沽券を賭けて一矢報いん、とばかりに、毎日王冠を一叩きして万全のサクラバクシンオーが待ち構えていました。
 レースは快速馬エイシンワシントンが逃げて、サクラバクシンオーが外枠からスピードを見せて番手外まで押し上げます。
 一方のノースフライトも、外枠からスタートは決めて流れに乗っていくものの、流石に1400mの流れに少し苦労している感じで、いつもほどコーナーで差を詰めていく形には出来ません。
 結局直線入り口で先頭に並びかけたサクラバクシンオーがそのまま押し切り、ノースフライトもその背後を追いかける形でしぶとく2着には食い込んだものの、内容としては完敗となってしまいました。

 ただ、このレースに関しては普通にサクラバクシンオーが強すぎた、のは間違いないと思います。
 ラップが33,7-11,1-35,1=1,19,9と、ほぼ一貫消耗戦の追走力特化勝負で、スプリンター寄りの適性が高く問われる展開でした。
 その上、そこまで極端に軽い馬場でもないのに、59kgを背負って日本レコード、はじめて20秒の壁を切る1,19,9で走破されては、その後ろから差すのは極めて難しいです。

 この馬自身1,20,1、上がりも最速の34,7で詰め寄ってはいますし、特にラスト1Fの坂地点で差を詰めているのは印象的です。
 これまで阪神コースですと、仕掛けの早い展開でラストははっきり消耗、というパターンがほとんどでした。
 それだけに、こういう追走特化で、自身の仕掛けがやや遅くなる形なら、最後まで持続性能も引き出せるというのは、改めてこの馬の万能ぶりを強く感じさせる内容です。

 なんにせよ、ここはあくまでトライアルでした。
 陣営も状態面に自信がない中で、この馬の底力を改めて確信するレースだったと思いますし、だからこそ、距離がマイルに伸びるマイルチャンピオンシップは負けられない一戦となります。
 当然のようにマイルチャンピオンシップも、サクラバクシンオーが最大のライバルとして立ちはだかったのですが、しかしここでは文字通り役者が違う強さを見せつける格好になりました。

 ここもスタートはきちんと決めて、先行するサクラバクシンオーを、前走よりは楽な手応えで、ピッタリ背後を追走していきます。
 4コーナーでバクシンオーの進出に合わせて一歩先にスパート、直線入り口でアッサリ馬体を並びかけると、残り200mで競り落とし、後続も全く寄せ付けない王者の競馬で、春秋マイル統一女王の座を手にしたのです。

 ラップが46,7-46,3=1,33,0で、バランスとしては平均ですが、これは当時のコースレコードでもありました。
 このレースの特徴は、35,1-23,3-34,6と、中盤が全く緩んでいない点です。
 特に本来上り坂の1000-800mで息が入りやすいのですが、そこが11,6-11,7と、むしろ下りに差し掛かる地点より速いラップを踏んでいます。
 結果として、軽めの馬場で道中延々と11秒半ばを踏み続ける、総合スピード持続戦、高速持久力戦に近い推移になっているのですね。
 その中でラストは11,5-11,3-11,8と、しっかり勝負所では加速ラップを踏めていて、ここではっきり勝負をつけている、という点からも、非常に強い競馬だったなと思います。

 バクシンオーとして見れば、後半要素では足りない中で、このペースはやや前半が緩かった、という感じはします。
 でもこの距離なら、追走が問われても普通に強いのは安田記念で証明済みであり、そしてこのレースでは、後半の決め手・総合力勝負でも磐石の強さである事を高らかに証明しました。
 その意味で、どう足掻いてもマイルでサクラバクシンオーがノースフライトに勝つのは難しかったと思います。

 流石にこの時代なので、瞬発力の質までは高いレベルで判定は出来ませんが、少なくともノースフライトの適性として、マイルであれば馬場不問、ペース不問で凄まじく強い、と結論付けるのに躊躇いはないですね。
 現代の府中みたいなおぞましい時計が出る舞台だと、流石に切れ味の質で足りないかもですけど、まともな馬場のマイル戦なら、歴代のトップマイラーを集結させても、安定して高いレベルで上位に食い込んでくる馬でしょう。

 まあはっきり後半型、と言えるだけのレースは少ないので、どちらかと言えば追走が問われた方が安定はすると感じます。
 マイラーのタイプとしては、ウオッカに近しいものを感じますね。
 追走面が最大の武器である事と、後半特化にならなければ、ある程度距離が伸びても戦えるというのも共通していて、ノースフライトも府中なら10Fは確実に守備範囲だったと見ています。

 その点でも、この年の秋天に出ていたら、と思いますね。
 ビワハヤヒデの時に検証したように、この年の秋天は序盤だけ緩く、後は淡々と11秒半ばが続く、現代府中の高速持久力戦のはしりの様な内容でした。
 そういう総合スピード勝負は、ノースフライトにとってはベストに近い展開だったでしょうし、勝ったのがネーハイシーザーですから、相手関係としてもチャンスはあったはずです。
 ネーハイシーザーと並んで好位を進み、坂の登りの加速性能でスッと抜け出す光景が幻視出来ますし、もう一年現役を続けていれば、最強マイラーのみならず、最強牝馬論争に名を連ねるだけの実績を挙げられていたかもしれません。
 これだけ安定した成績を残し、強い競馬を披露しつつも、まだ底知れない部分を残しての、惜しまれつつの引退であったのは間違いないと思います。


★終わりに

 繁殖牝馬としてのノースフライトは、残念ながら大成功を収めた、とは言い難かったとは思います。
 出世頭はサンデーサイレンス産駒のミスキャストですが、結果的に重賞は勝てず、種牡馬としてももう一息、ではありました。
 ビートブラック、というGⅠ馬は出したものの、サイアーラインとしては繋がらず、今はミスディレクションが頑張っているくらいです。

 後は残された牝馬から活躍馬が出るか?という所でしょう。
 やはり期待値的に一番高いのは、ハウオリの子供たちで、特にあと2年ディープの仔がスタンバイしているのは楽しみです。
 血統的に、アベレージ高く活躍する牝系ではない、というのは確かでしょうし、今の時代に血を繋げていくのが難しいのは間違いありません。
 それでもきっとどこかで、ヒッティングアウェーから続く意外性と爆発力で、ノースフライトの名を血統表に広く残してくれるような馬が誕生する事を期待したいですね。

 既に天寿を全うした馬ではありますが、その存在は今でも鮮やかに、多くの競馬ファンの胸に焼き付いている、誰からも愛された素晴らしい名牝でした。


posted by clover at 10:50| Comment(2) | 名馬列伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
cloverさんおはようございます♪ 

まさかcloverさんの名馬列伝に 
ノースフライト登場に胸熱です!!
自分が競馬を覚えて初めて惚れた 
牝馬なのでー。
女性厩務員の石倉さんも思い出されます。
今の時代にノースフライトが駆けたら
古馬になって大阪杯・安田記念・秋天・マイルCSをぶっこ抜いたんじゃないかと思い馳せます。
改めてラップからノースフライトの評価を
見れて嬉しい限りです。
そしてハウオリの残された2頭のディープ産駒に無限の可能性が備わってる事を祈ります。
そしてホクトベガの仔も見たかったです。
Posted by カズ at 2020年08月06日 07:36
>カズ様

 いつもコメントありがとうございますー。

 今振り返っても、ノースフライト世代の牝馬は百花繚乱、個性派揃いですよね。
 適性の差はあれど、その中で間違いなく最強格だったノースフライトですし、今の時代でも楽に通用するスピードがあったと思います。
 ひょっとすると、仰るようにややタフな馬場でも強いアーモンドアイみたいな活躍が出来た可能性も感じますよね。

 ただやはりサンデー登場直前の時期の世代だけに、中々血統的にも、後世まで大きな影響を、といかないのが残念なところではあります。
 ベガの血も少し危ういくらいですし、ハウオリの2頭の仔には期待したいですね。
 ホクトベガもかなり地味な血統ですけど、無事に繁殖に上がっていれば、芝砂両方で強い個性的な仔を出してくれていたかも、と思えば、やはりあの非業の死は無念ですよねぇ……。
Posted by clover at 2020年08月06日 17:04
コメントを書く
コチラをクリックしてください