2017年01月06日

私的名馬列伝 第二話 メジャーエンブレム

**★はじめに**

 遂に先日、正式な引退が発表されてしまいましたね。
 年末の名レース回顧でも触れましたが、特にクイーンCのパフォーマンスは圧巻で、今後の大きな飛躍をまざまざと予感させ、凄く期待していた馬なので非常に残念です。
 結局本当の意味での強さを全て見せてくれずの引退、という形で、戦績的にも極めて突出したもの、とは言えませんが、折角なので雑談でなく、この枠で語ってみたいと思います。

 メジャーエンブレムの[生涯戦績](http://keiba.yahoo.co.jp/directory/horse/2013105840/)はこちらです。
 父ダイワメジャーの良質なスピード・素軽さと、母方に流れる重厚な欧州血脈がもたらすスタミナ、粘り強さを併せ持ち、どちらかと言えば質より量、というダイワメジャー産駒の中で、圧倒的な存在感、一流馬のオーラをデビュー当時から身に纏っていた稀有なこの馬の歩みを、改めて振り返ってみましょう。



**★デビュー~アルテミスS<真なるスタイルを求めて>**

 ダイワメジャー産駒と言えば仕上がりが早く、例えば今年のレーヌミノルのように2歳短距離戦での安定感、活躍が目立ちます。
 その中でデビュー戦に府中の1800mを選択してきたあたりで、この馬の素材に対する期待感の高さを伺わせますが、レースもそれに応える形で、スローペースの中を前目で追走、後に牡馬オープンでもそれなりの善戦を見せるプランスシャルマンの食い込みを問題にせずの完勝でした。
 2戦目のアスター賞も、道中は中団あたりからコーナーでほぼ馬なりのまま楽に進出、序盤で突き抜けて後は流しつつも突き放すだけ、という圧巻の競馬、ただ後々から見て、このレースはある意味新馬戦よりメンバー弱かった、とも言えて、その後の活躍を考えると、適性的にはベストでない展開、位置取りでも問題がないほど素材が抜けていた、と見るべきでしょう。

 そして3戦目に選んだのは、近年頓に出世レースとして注目を集め始めた、府中マイルの牝馬限定GⅢ・アルテミスS。
 ここでも外枠からやや気負いつつもじわっと出していって、はじめて逃げ戦法を選択、中盤で息を入れて直線坂下からスパートして突き放す、逃げ馬の教科書通りのような競馬で、最後まで脚を残していたものの、外から勢いをつけてきたデンコウアンジュに最後の最後で交わされて、生涯はじめての黒星を喫します。
 ただ負けたとはいえ、後半要素を高く要求されても戦えるセンスの良さ、その限界を見極める上ではいい経験となった感じで、これが今後の躍進を支えるスタイルの確立に繋がっていきます。

**★阪神JF~クイーンC<肉を切らせて骨を断つ>**

 この年の阪神JFは、結果論的にはまだ真打ちがこの馬以外1頭も大舞台に登壇していない、という状況の中で、前走負けはしたもののそのスケール感、競馬ぶりの安定感を買われて堂々の1番人気での出走になります。
 内枠から好スタートを決めて迷わず先行、しかし外枠のキリシマオジョウ、メジェルダあたりにかわるがわる競りかけられ、全体的に息の入らない流れになるものの、最内の先頭ポジションは譲らずに直線、入り口で明確にスッと切れる脚を使ってセーフティリードを確立、流石に馬場の重い年末の阪神で最後はしんどくなるものの、他の馬の脚も完全に削いだ形での完勝でした。

 そして、春に2回の輸送は関東馬にはきつい、という事で、年明け初戦に選んだのはクイーンC。
 他馬より1kg重い斤量を背負いつつ6番枠からロケットスタート、最初の100mで完全に逃げの態勢を確立するとそこからはスイスイとリズムよく運んでの一人旅。
 コース替わりでのグリーンベルト、高速化の恩恵もあったでしょうが、直線入り口から坂にかけて厳しい流れの中からもう一度加速、後続を置き去りにし、最後は流し気味でも差が広がっていく圧倒的なパフォーマンスを見せ、時計勝負で他の馬の脚を削ぐことの出来る稀有な逃げ馬としてのスタイルを決定づけたのです。

**★桜花賞~NHKマイルC<常識の呪縛、再度の栄光>**

 3歳牝馬の春の王道路線と言えば、当然ながら桜花賞~オークスという事になります。
 メジャーエンブレム陣営もやはりある程度その路線は模索していただろうし、デビュー戦が1800mだったことを考えても、血統的には距離不安は薄い、という観念もあったろうと思います。
 そう考えた時に、前の2戦で確立したスタイルは果たしてプラスになるのか、ある程度オークスに向けて控える競馬でも、というところを考えるべきなのではないか、出走前から圧倒的な人気に押される中で、驕り、というと失礼に過ぎるかもしれませんが、ここはただ勝つだけでなく、勝ち方にも拘りたい、という思惑があったかもしれません。

 しかし今回は、同じ阪神1600m戦でも、年末のJFとは違い、2頭のトップホースが台頭していました。
 チューリップ賞でシンハライトとジュエラーが見せた走りもまた間違いなく本物であり、前を行くメジャーは絶対的に標的にされる立場でもあって、その中でのほんの僅かの惑いが、大きく結果に響く形になりました。
 5番枠から普通に出たメジャーエンブレムは、しかしクイーンCほどの行きっぷりの良さはなく、そこに外枠から主導権を求めて数頭が殺到してきたところで、スッと下げる選択を取ります。しかしその時にやや下げ過ぎて、外枠の馬にどんどん前に入られてしまい、結果的に3列目のインでぎゅうぎゅうにマークされる厳しい展開を余儀なくされます。

 確かに馬の内面や状態、戦前の思惑など、傍から見ているだけではわからないなにか、はきっとあったのでしょう。
 ただ、パトロールで見る限り、スタート直後から200mくらいまでは、外枠の馬も無理やりにインを取ろう、という感じではなく、メジャーが行くなら譲って番手、という気配は漂わせていて、ある程度押していけば最悪でも2列目ポケットまでは取れるように素人目には見えました。
 そこでほぼ無抵抗にスッと下げてしまったのは、それまでの歩みを考えるとやはり馬の資質を引き出すという意味ではプラスにならない選択であったと思いますし、結果はともかく、この馬が逃げて、底力を問われる流れの中でシンハライトとジュエラーがどこまで伍してこられたのか、或いは凌駕してきたのか、そういう競馬を見たいと期待していたファンの思惑を挫いたのも間違いないでしょう。

 ともあれ、結果的に自分から動けない位置でレースをスロー気味にコントロールされ、コーナーから直線でも進路取りに苦労してもたつく内に、切れ味に勝るジュエラーとシンハライトにサッと抜け出され、阪神JFでは鎧袖一触だったアットザシーサイドの後塵をも拝する形での4着と、不完全燃焼な競馬に終わったのです。

 ここでの敗戦を受けて、陣営は捲土重来の場を、距離が延びるオークスではなく、牡馬相手ながらベスト距離と目されるマイル戦のNHKマイルCに定めます。
 前走の二の轍は踏むまい、という明確な決意の上に、4番枠から好スタートを切ったメジャーエンブレムは、外からノコギリザメに絡まれつつ淡々と速い流れを演出していきます。
 クイーンCの時に比べるとやや時計のかかる馬場であり、相手関係も流石に骨っぽい中で、しかし自分の競馬を貫いて4コーナーからスパート、ついてきた先行勢を総崩れにしつつ、自身はロードクエストの追い込みも決定的には食い込ませない形での堂々の逃げ切り、汚名返上を見事に果たしたのです。

 こうして春シーズンを終えたメジャーエンブレムは、秋は秋華賞路線で今度こそ距離延長に挑戦する思惑を示していました。
 しかし放牧中の怪我が元で秋を断念、その後も経過が思わしくなく、遂に競争能力喪失、との診断を受けて、その輝きの神髄を見せ切らないままに引退を迎えることになったのです。




**★能力分析<他馬を篩にかける逃げの価値>**

 この馬は生涯で出走したレースのほぼ全てがマイル戦なので、敢えて分析するまでもなく皆さんわかり切ってる話しか書けないのですが(笑)、とりあえず数字の上でのこの馬の走りを精査していきましょう。
 最初に、アルテミスS以降のレースの3F-2F-3Fでのラップを並べてみます。()内はその区間の平均ラップです。

・アルテミスS   34,9(11,63)-25,0(12,50)-34,2(11,40)=1,34,1(11,76)  
・阪神JF     34,8(11,60)-23,9(11,95)-35,8(11,93)=1,34,5(11,89)
・クイーンC    34,4(11,47)-23,4(11,70)-34,5(11,50)=1,32,5(11,56)
・桜花賞      34,8(11,60)-24,3(12,15)-34,3(11,43)=1,33,4(11,67)
・NHKマイルC  34,3(11,43)-23,4(11,70)-35,1(11,70)=1,32,8(11,60)

 こうして並べてみると、メジャーエンブレムが負けるパターンの流れが如実にわかりますね。
 ちなみに桜花賞だけは自分で逃げていないのですが、上がり3Fは34,2なので、おそらく序盤3Fが35,3くらいで入っていると見ていいでしょう。この観点からも、他の馬が速過ぎて逃げられなかった、というわけではないのはわかると思います。

 この馬のマイル戦での必勝パターンは、序盤を34秒半ばで入り、その後は馬場差によって変わってきますが、中盤と終盤のラップ偏差を極力狭くして、レース全体の平均ラップに近づけて走ること、だと言う事で、むしろ序盤以上に中盤で、如何に後続の脚をなし崩しに使わせるか、が大切だったと考えます。

 上でも触れたように、基本的に逃げ馬は最初からスロー、或いは道中で緩めて息を入れて再加速、というパターンで好走するタイプの方が多いのですが、中緩み、というのは基本的に徹底的な時計勝負、底力勝負にならない要因でもあり、そこをうまく利用すれば後ろからでも有利に運べる、という副作用があります。
 デンコウアンジュに敗れたアルテミスSが一番顕著で、この時は初めての逃げでもあり、セオリー通りに中盤を緩めて仕掛けを遅らせるという、一般的な逃げ馬としては充分に合格点の騎乗だったのですが、流石に緩め過ぎたせいでその中盤でデンコウに楽に前に取りつく余裕を与え、その加速してくる勢いのまま直線に入ってきたことで、その惰性も生かして長くいい脚を使われた結果の敗戦でした。

 後半ラップが11,9-11,1-11,2なので、坂の地点での0,8の自力加速、11,1というそれなりの切れ味、それを2F続ける持続力と、ぶっちゃけこれでも並の逃げ馬には引き出せない性能ではあるのですが、強いて言えばやはり一瞬の切れ味そのものは最上級ではなかった、という所で、それはこの馬の上がり3Fが、ペース如何に関わらず34秒前半までで留まっている要因でもあるでしょう。
 とはいえこの流れを差し切ったのは、ペース判断に長ける田辺Jのファインプレーあっての事で、その後のデンコウはちぐはぐな競馬に終始していますが、カチッと嵌ればこれだけの質の高い持続力を引き出せる、というのは覚えておきたいところです。

 ともあれ、ペースの上げ下げが得意で切れ味も高い逃げ馬は、中緩みを作るのに適していますが、それは後続にもフラットに押し上げて楽をさせる要因にもなるために、常に勝ち切るタイプの逃げではないわけで。
 そしてメジャーエンブレムはそういう形の逃げでも一流の素質はありましたが、その真骨頂はそこにはなかった、という事だと思います。

 畢竟、中盤が速い、意識的に緩めず進められるという事は、後ろの馬にとってはその速いラップより更に加速していかないと前との差を詰められないわけで、実質的にかなりのロングスパートを余儀なくするし、そこで自分のリズムを守っていては直線向いた時点で絶望的な位置取りになってしまう為、ある程度は追走せざるを得ない状況を自発的に作り出せるわけです。
 そうなると問われるのは決定的な素質、底力となり、その形を墨守する限りは、まず自分より強い馬以外には負けない、という王者の競馬を展開できるんですね。

 とはいえ、当然自分自身も息を入れるタイミングがほとんど作れないのだから厳しいレースにはなるし、それに対する適性が高い馬、というのは早々いるものではなく。
 無論近年のスローペース症候群の中で、適性を試される事なく、真価を発揮できないまま引退した馬もそれなりにはいると思うのですが、少なくとも芝のマイル戦以上の距離でそういう、肉を切らせて骨を断つ、という逃げを展開しても崩れなかったのは、やはり真打ちとしてサイレンススズカ、ダイワスカーレットも天皇賞・秋の粘り腰を見る限り、その素養は充分にあったかなと思います。

 余談ですが、昨日の京都金杯を見る限り、やはりエアスピネルは全体が速い流れになった中でも切れ味を引き出せる強い馬だと再確認できて、この馬がNHKマイルCに出ていたらさぞ面白かったろうなと思います。切れ味はエアの方が上なので、多分坂上あたりで馬体が並んでの激戦が見られたと思うんですけどねー。

 ともあれ、この馬の真骨頂はくっきり理解できるわけですが、果たしてそれが距離延長しても適応できたか、それは当然未知数のままに終わってしまいました。確かにマイルのラップとしては完璧な競馬を展開できる馬なので、マイル適性が非常に高いのは間違いないですが、少なくとも3歳牝馬同士であったなら、距離延長は不安にならず、むしろ強みになったかも、と思っています。

 例えば今年の秋華賞は35,8-48,4-34,4と極端ではないにせよやはり中盤はややゆったりと流れていて、中盤4Fと後半3Fとの偏差も0,6とそこそこ大きく、この流れに乗ってだと切れ味でチョイ負けしていた可能性が高いでしょう。
 けどこの馬なら、例えば35,2-47,5-35,2くらいのペースで押し切れる可能性を秘めていたと思うし、むしろ距離延長で序盤の主導権をゆったりと握れる分、常識的な意識に負けて中盤で変に緩めない限りは、より強い競馬が出来た可能性すらあると個人的には思っていましたので、それが幻と化してしまった事は本当に残念でなりません。




**★総括**

 総じて見た時に、やはりこの馬は優等生のようでいて、実は破天荒な馬だったのだろうと思っています。
 結局敗れたふたつのレースは、どちらも力負けではなく、アルテミスSでは逃げ馬のセオリーに、桜花賞では3歳牝馬のローテーションのセオリーに抗い切れずに、結果自身の持ち味を最大限に引き出せなかったわけで、かえすがえす桜花賞での、ジュエラーとシンハライトを交えた、底力勝負の三つ巴が展開されなかったことは、その後3頭共に怪我で引退、或いはパフォーマンスを落としていることを考えると無念でなりません。 

 燦然たる輝きでターフを照らし、敢然たる逃げの神髄の余韻を残して、箒星のように去っていったメジャーエンブレム。
 その足跡を、見る者を惹き付けて止まないスタイルを踏襲する馬が今後も出てきて欲しいですし、次は母親として、その類い稀なる素質を、遺伝子を受け継いだ素晴らしい子供を輩出して欲しいですね。
posted by clover at 18:03| Comment(0) | 名馬列伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする